2012年02月06日

【東京・王子界隈】「北とぴあ」から新幹線を眺めて

立春を迎えた土曜日。息子と一緒に、王子駅近くの複合文化施設「北とぴあ」(ほくとぴあ)の17階にある展望ロビーに上る。平成2年(1990)に完成したこの建物は、北区役所を兼ねているようによく誤解されるが、本物の区役所は王子駅を挟んだ台地上にある。この「北とぴあ」の完成と引き換えに、飛鳥山公園にあった展望台「スカイラウンジ」がその役目を終え、平成5年(1993)に姿を消した。かつて宇都宮線の電車の中からよく眺めたものだが、実際に訪れる機会は皆無だった。今、飛鳥山公園でその痕跡を探してもまったく見つけることはできない。しかし、その系譜がしっかりと「北とぴあ」に受け継がれているところは、江戸期に行楽地として名を馳せた王子の街の独特な性格を感じさせる。
さて、展望ロビーの北西寄りの窓からは、赤羽方面へカーブを切るJRの在来線と新幹線の線路が、まるで模型のように見下ろせる。特に、東京から北へ向かう新幹線をじっくりと眺めるには絶好の場所である。息子はこんなに高いところから列車を眺めるのは初めてで、列車がとおるたびにパチパチと小さな手をたたいて喜びを表現し、時には、おぼえたばかりの“バイバイ”がしてみたくて、列車に向かって懸命に手を振っている。
折しも、東北・上越新幹線の生き字引ともいえる200系電車、それも1編成のみ旧塗装(白い車体にグリーンのライン)を施された「K47」編成が下っていった。この「北とぴあ」ができたころ、ここを通る新幹線の営業列車はこの色だけだったが、平成4年(1992)の山形新幹線開業を皮切りにラインナップが増えていった。個人的にも、埼玉で過ごした小学校の前半まで毎日のように見ていた車両だから、30年近い時を経て、こうして親子で一緒に眺められるのは実に感慨深い。
今年は東北新幹線が大宮−盛岡間で開業してからちょうど30年。開業記念日の6月23日には、この「K47」編成を用いた記念列車が運行されることが発表されている。北海道や北陸での新幹線延伸を数年後に控えていることから、新聞紙上などでも新幹線やリニアの話題が多い昨今。全体最適の交通体系を考えるにあたって、200系の後ろ姿から学ぶことは多いはずである。

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2012年01月08日

【バスの風景】都営バス@新春の池袋駅東口

1月3日。新春の池袋駅東口で、都バスを眺める。
まず気になるのは、ふだん「浅草雷門」と行先を掲げている〈草64〉が「二天門」という見慣れない行先表示を出していることだ。よく浅草を訪ねる方ならご存じだろうが、「二天門」は浅草寺の本堂東側に建つ門のことで、都バスの停留所としては東武電車の浅草駅のすぐ北方に位置する。日暮里駅と錦糸町駅を結ぶ〈都08〉も通っているが、いわゆるターミナルではないので、堂々と行先として掲げられるとかなり面食らう。年始や「東京マラソン」などで交通規制が敷かれると登場するようだが、いずれにせよ年に数回のことで、貴重な姿といえるだろう。

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▲貴重な〈草64〉二天門ゆき。一見しただけで浅草へ向かうバスだとわかる人は、かなりの通。

さて、こちらは平常時も見られるのだが、赤羽と王子の間にある北車庫を出て池袋駅に向かう出庫便の〈王40〉である。本線は豊島・北・足立の3区を股にかけて池袋駅東口と西新井駅を結び、都バスでも屈指の高頻度運行路線である。この出庫便の経由地表示にみられる「溝田橋」とは、王子駅近くにある石神井川の橋およびその至近の交差点を指しており、溝田橋という停留所が存在するわけではないのだ。そうであるにもかかわらず平然と「溝田橋経由」と表示されており、こんな例は珍しいだろう。

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▲〈王40〉“溝田橋経由”池袋駅東口ゆき

横をさっそうとすり抜ける〈王55〉新田一丁目ゆきも、山手線のターミナル駅発着のバス路線の行先としては、素朴な印象を与えてくれる。経由地の再開発住宅エリア「ハートアイランド」の開発進捗にともなって平成18年(2007)から池袋駅に乗り入れるようになった。並行する〈王40〉との誤乗を防ぐため、行先表示に「ハートアイランド」にちなんだロゴマークをあしらっている。

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▲「溝田橋経由」の表示を出す北車庫からの〈王40〉と新田一丁目からの〈王55〉が並ぶ。

こうして見てくると、やっぱり路線バスの楽しみの一つは“行先”にあるのだと改めて認識する。どこに連れていってくれるのかわからないドキドキ感のある行先や、不思議な名前の経由地には昔から惹かれっぱなしである。

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2012年01月01日

【東京・王子界隈】大晦日の習俗“ミソカッパライ”

“ミソカッパライ”とは、漢字で書けば“三十日(晦日)祓い”となろうか。
東京都北区豊島にある妻の実家では、毎年大晦日の夜、この行事をおこなっている。家の代表者が幣束を持ち、すべての部屋をお祓いして回る。この幣束自体を“ミソカッパライ”と呼ぶこともあるようだ。お祓いが終わったら、その幣束を家の外に持ち出し、土が露出している地面に差して終了となる。豊島地区では今も一部の家で受け継がれており、元旦の道端には複数の家の“ミソカッパライ”が並んでいることもある。この行事に込められた願いは、悪いものを外に追い出し、家の中を清浄にすることだ。大掃除を終え、門松を飾り、年神様を迎える準備として最後に行うのが“ミソカッパライ”なのだ。義父によると、豊島では除夜の鐘を聞きながら行ってきたとのこと。この習俗の正確な分布は調べていないが、同様もしくは類似の行事は関東各地で広く行われていたようである。しかし、地域ごと、または家ごとの慣習により、最後に幣束を差す場所などの細部が異なるようだ。
神棚のある家が少なくなり、こういった年越しにまつわる習俗は、簡略化ないし消滅が進んできた。私自身、父の仕事の関係もあって本家からは離れた場所で暮らしてきたから、これまで経験した年越しの習俗はほとんど無いに等しい。結婚を機に、妻の実家で連綿と受け継がれてきた年中行事を学ばせてもらっているのは実に幸せなことである。
今年の“ミソカッパライ”には、9歳の姪も参加した。古来人々が大事にしてきた暮らしの平穏を祈る心が、世代を超えてつながってほしいと願う。

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▲“ミソカッパライ”に使われる幣束

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▲お祓いが終わると、家の外の地面に幣束を差しておく


※隅田川(旧荒川)を挟んだ“川向こう”にあたる「江北氷川神社」のウェブサイトが“かまじめ”(年末おふだを新しくおまつりし直すこと)の一連の流れを解説しており、そこに“ミソカッパライ”も登場する。

▼江北氷川神社(東京都足立区)ウェブサイト
http://www.hikawajinja.com/maturikata1.html
posted by 山田智士 at 18:57| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京・王子界隈 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月31日

【works】北日本新聞社刊『とやま電車王国』

富山地方鉄道を舞台にした映画『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』(RAILWAYS2)の公開にあわせ、富山県内の鉄道を網羅したガイドブック『とやま電車王国』が北日本新聞社から先ごろ刊行された。
本書の最大の特徴は、掲載写真のほぼすべてが公募作品であるということ。今年7月から9月までの応募期間に富山県内外から720点の応募があり、うち368点が掲載に至った。その大半は県内在住の方の作品であり、富山の鉄道風景が地元ファンに愛され、支えられていることをあらためて実感させられる。鉄道写真としてのクオリティが高いものばかりではないが、地域に根ざした秀逸な視点を存分に味わうことができる。全体の内容は、JR、富山地方鉄道から立山砂防軌道に至るまで、その応募写真を中心に、路線の特徴を描き出すものとなっており、3年後に予定される北陸新幹線開業を前にした現状記録としても大きな意義があろう。ただ、若干残念なのは、鉄道の専門家が見ればすぐ指摘が入るような誤った表現が何か所かそのままになっていることと、ディーゼルカーが走る非電化路線のJR高山本線、城端線、氷見線も扱いながら、単純に“電車”王国と銘打ってしまったこと。大きな影響はないだろうか、権威ある地元新聞社の書籍であり、細部の正確さがあれば、さらにその価値を高めただろう。
ところで、私の写真も1点掲載していただいたが、一昨年の夏に立山町まで祖父母のお墓参りに向かう途中、電鉄富山駅のホームの一角にある電車の行先表示板置場をスナップ撮影したものだ。車両が一切写っていないきわめて地味なカットだったが、結果的に巻頭近くの路線紹介で使っていただき、おそれ多い限りである。富山県外の書店に並ぶ機会はまずないだろうが、ご関心のある方はぜひ一読いただき、今が“旬”ともいえる富山の鉄道を楽しんでいただきたい。

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とやま電車王国―いまは山中、いまは浜ぐる~り富山を鉄道の旅 [単行本] / 北日本新聞社 (刊)
ラベル:富山県 鉄道
posted by 山田智士 at 08:20| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | works | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月12日

【雲隠之会】11/23(水・祝)「明窓舎サロンコンサート」にて『石川台追想』を上演

抒情曲や朗読など、詩と音楽の創作を中心とした活動に取り組む「明窓舎」(主筆:根岸 弘先生)では、来る11月23日(水・祝)に結成以来3度目のコンサートを開催する運びとなりました。前回に引き続き、東京・新宿区山吹町のパフォーミングギャラリー&カフェ「絵空箱」を会場に、二部構成で上演します。

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▲東急池上線石川台駅(2011.11.6)

今回の見どころとして特にご案内しておきたいのが『石川台追想』と題した朗読作品です。
詩作と朗読を手がける貴慈瑠(きじる)さんは、五反田と蒲田を結ぶ東急池上線(全長10.9km)の石川台駅界隈(東京都大田区)で若き日を過ごされました。この『石川台追想』とそれに続く歌曲『坂道の町』は、貴慈瑠さんの原風景、原体験から生まれた作品です。私の父もほぼ同じ時代に池上線の御嶽山駅付近で幼少期を過ごしていますので、貴慈瑠さんとは隣町同士。この企画が進むにつれ、父から聞いている“まち”の記憶と貴慈瑠さんの詩の展開が絶妙な重なりを見せてくれました。そして、時代を超えて“まち”を捉え、描写することの難しさと楽しさを同時に味わうことにもなりました。
もちろん私も、物心ついた昭和50年代の末から池上線沿線の風景を見続けています。近頃は最新鋭の電車が走るようになり、駅には自動改札やホーム柵が導入されたりと仔細な変化はありますが、商店街のたたずまいなど駅周辺の風景を含めた舞台装置としての池上線の姿は、そんなに大きく変わっていないと感じています。山手線の駅から十数分でたどり着ける範囲において、こういった地域は比較的珍しい存在でしょう。池上線といえば、昭和51年(1976)に大ヒットした西島三重子の歌『池上線』を思い起こされる方も多いかと存じますが、その時代の空気が今でも街のそこかしこに残っている感じがします。

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▲朗読する貴慈瑠さん(2011.5.28=前回公演)

さらに、この企画に新たな時間軸と広がりを持たせてくれたのが、明治大学商学部の特別実践テーマ科目「観光集客プロモーション」受講生の津田佑介さん、桑原拓也さんをはじめとする皆さんです。彼らはこの数年来、大田区の池上線沿線(上池台〜雪谷周辺)を中心にフィールドを定め、丹念な取材と検討を重ねて、「ぐんぐん坂 大田」「あじわい坂」という2編のプロモーション映像やマップを完成させました。その作品が大田区役所、そして私の参画するNPO法人「大森まちづくりカフェ」に縁あって持ち込まれ、観賞の機会を得たことで、今回のコラボレーションが実現しました。ウェブを介して視聴した貴慈瑠さんによると、やはり彼らの映像とご自身の記憶がぴったりと重なり合ったといいます。坂道が紡ぐ情景には、さまざまな世代の人の心を惹きつける不思議な力があるようです。
朗読にあわせて上映する映像には、彼らが提供してくれたカットも登場します。そうすることで、貴慈瑠さんが石川台で過ごした時間を現代とつなげることができそうです。また、コンサートでは、彼ら自身に取り組みの現状と“まち”への想いを語ってもらえる時間を設ける予定です。
この試みを通して、石川台という地域を切り口に、世代を超えた“まち”への愛着が表現、発信されていきます。その想いをコンサートの観覧者ひとりひとりに伝え、共有し、日々の暮らしの中に持ち帰ってもらう機会にしたいと考えています。そして何より、現役の大学生がこうした場を通じて、学校と社会を自在に行き来する活動を展開してくれるのが心強く、少し前に似たような経験をしてきた私は、微力ながら彼らの役に立つことができればと願っています。

【参考】
明治大学商学部「ミエ・ログ!」観光集客プロモーション

・「ぐんぐん坂 大田」


・「あじわい坂」


なお、貴慈瑠さんの実妹である浜辺玲子さんから雪ヶ谷八幡神社の神輿巡行のカットなどを頂戴したほか、鉄道趣味の先輩である中部浩佐さんからは、昭和62〜63年(1987〜88)頃に石川台駅付近で撮影した池上線の旧型電車(デハ3450形など)の写真をご提供いただきました。桜が満開の切り通し区間を駆けてゆく緑色の電車の息づかいが、まるで昨日のことのように鮮やかにスクリーンによみがえります。

このたびのコンサートには「風景の記憶」というテーマがあります。
今年は東日本大震災や台風災害によって、わが国の各地で日常の風景が数多く失われた年でもあります。千年に一度といわれる規模の災害が私たちに教えてくれたことの一つは、長らく当たり前に存在してきた風景の大切さであったといえます。『石川台追想』をはじめ、このコンサートをご覧いただくことで、私たち人間の心のよりどころである“風景”について思索をめぐらし、自分が暮らす“まち”の個性を改めて認識するきっかけとしていただければ幸甚です。

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第3回「明窓舎サロンコンサート」〜風景の記憶〜
後援/横浜清笛会 協賛/雲隠之会

【プログラム】
●T部 (14:00開演)

・「みるなの倉」  
  朗読/貴慈瑠、笛/草寧音、鉦/松井裕紀
・「曼珠沙華」
  舞踏/藤原舞鶴
・「菜摘歌」
  歌/前田幸輔、初音里
・「やまとしうるはし」「明日香の子守歌」
  ピアノ・歌/初音里
・「石川台追想」
  朗読/貴慈瑠、映像構成/山田智士、映像協力/津田佑介・桑原拓也
・「坂道の町」
  歌・ピアノ/初音里
・「また いつの日か」
  歌/前田幸輔、マンドリン/中村茉莉、ピアノ/草寧音

●U部(17:00開演)
・「砧」
  謡/熊谷眞知子、笛/根岸啓子
・ 創作能舞「天の夕顔」
  企画構成/根岸弘、舞/熊谷眞知子、笛/根岸啓子、朗読/貴慈瑠
・「いとしい人へ」
  歌・ピアノ/初音里        
・「みるなの倉」
  朗読/貴慈瑠、笛/草寧音、鉦/松井裕紀
・「また いつの日か」
  歌/前田幸輔、マンドリン/中村茉莉、ピアノ/草寧音

【料金】(1名様、いずれもワンドリンク付き)
・I部 2,500円
・U部 3,000円

【会場】
・パフォーミングギャラリー&カフェ『絵空箱』
〒162-0801 東京都新宿区山吹町361 誠志堂ビル1〜2階
※アクセスマップはこちら

【お問合せ】
「明窓舎」ウェブサイトをご覧のうえ、メールにてご連絡ください

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▲会場イメージ(2011.5.28=前回公演)
posted by 山田智士 at 14:06| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雲隠之会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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